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エイプリルのたわごと

本や映画が好きな派遣社員兼アルバイターが書いています。

読書感想『LIIFE SHIFT』〜老いることについて思うこと〜

あけましておめでとうございます。

 

 

年末年始で『LIFE SHIFT』 を読みました。

本のあらすじ的なレビューは、たくさんあると思うので、ごく個人的な体験を書きます。

 

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 

 

この本を読みながら、実家に帰省していたこともあり、「老後」というか「老いること」についてのリアルさをかんじた数日でした。

 

 

自分も30歳をすぎているので、親や祖父母はそれなりに「じいちゃん・ばあちゃん」な見た目になっているんですが、今回は「精神面の老い」というのか「ジェネレーションギャップ」というのか、見た目だけじゃなくて、「ああ、この人たちは自分たちとはもうちがう視点で世界をみているなあ」みたいなことを思いました。

 

ちがいを実感する、ということでちょっとネガティブな項目が多くなってしまうんですが、書きとめておこうとおもいます。

 

ただ、あとあとになって、実際の生活を観察させてもらえるって、滅多にないことで、いまの時点で将来のモデル像をみれたって考えると、意義深かったなと思えました。

 

  

社会的背景がちがいすぎる。 

ちなみに、『LIFE SHIFT』は人生戦略の本なので、「年のとりかた」も自分で選べるという前提で書かれています。社会的背景をふまえてジャンル分けされた世代。その世代の思考傾向と、これからの未来予測をしてくれている本です。個人差や、複雑性をますような細かい要素は抜きに語られているので(この点は本でも断られています)、極論ではあるかもしれませんが、少なからずあてはまっていくだろう、という実感を持てて読めたので、私としてはおもしろかった。

 

自分たちとその上の世代では考え方がぜんぜんちがって当たり前だ、と納得しました。

 

 

 

 

あたらしいものを受け入れられない。解決にむけて腰が重くなる。モノやムダが多い。

 

これ、毎回の帰省で口にはだせないださないけれどモヤっとするポイントです。

 

親戚とはいえ独立した家計を営み、自活しているわけなので、私が人様の態度にどうこういうことでもないなー、とおもって、モヤっとしながらも、まあ仕方ないか。。と諦めたりしていたんですが。

 

世代間で視点がちがう、個人でもちがう。それでもやっぱり「なんでこうもネガティブなんだよう!」と言いたくなってしまう。

これ、たぶん、「老い」のせいなんだなと思いました。

 

 

すべてを「老い」になすりつけてすみません。

 

強引であることは否めません。自分が60になったとき同じこと言ってみろ!ってかんじかもしれません。きっと素敵な年の重ね方をしている人だってたくさんいます。

 

がしかし、今の自分が、気をつけようと心におもったこと、それもまた大事だと思いたい。 

 

 

「老い」はだれにでもやってくる。だからこそ。

 

個人的すぎる例であれなのですが、私がよく体験するのは、

 

・紅白をみて文句ばっかり聞かされる。。

・携帯料金が高いというので、iijmioなどの格安simや、LINE/Facebookの無料通話を提案しても「個人情報が流れるからいや」という。。

・スーパーにいって何につけても高い高いと言い続ける。。

 

 

など。

 

実際そうなんだから仕方ないでしょ!と言われたらそれまでなんですけど、ピシャリ!と言い返すほどのことでもないし、言い返しにくいし、そうやってモジモジして聞き流してしまえーと思っているけど、ちょっとモヤっとするんです。。

 

その人、個人のせいではなくて、「年をとる」と「あたらしいものに否定的になったり」「あたらしいことをするのに腰が重く」なる要因は意外とたくさんあるな、と思ったんです。

 

それは例えば、「自分はここまでやってきた、という人生経験にたいする自負」「長い年月かけてできあがってきた価値観」「ものが増えすぎて身動きがにぶくなると同時い行動範囲がせまくなる」みたいなかんじのことかなって。

 

経験が豊富だから、これは仕方ないのかもしれません。

 

ぜんぶを「老い」にこじつけるのが、解決ではないですが、誰しもが通る道、というか、自分もふくめて自然とそういう傾向にはなりやすいから、気をつけよう、って思ったってことです。

 

 

 

できれば寛容でいたほうがいいと思う。(何かにつけ得だし気分もいい)

 

本当は、べつに文句言ったっていいし、何かに反発したっていいんだけども、あれだけ様々なことに否定的態度で居続ける、というのは、いろんな考え方ができるなかで、自分がネガティブなものばかりチョイスしていることに、たぶん気づいてないだけなんだろうな、って上から目線になっちゃいますが、思ったりしました。

 

何がいい、悪い、というのを、バシーン!と言えると見栄えはいい(面接とかプレゼンとかでは特に)んですが、必ずしもそうしなくてもいいと私は思います。いろんなものに寛容でいるということは、自分の選択肢をひろげることであり、基本的にハッピーなことなんじゃないかな。

 

自分の主張ができない、という弱さも、そういうふうに捉えることもできるわけです。

 

なにかを奪われることがこわくなったとき、人は寛容さを失っていくような気がします。社会の不寛容さが叫ばれるようになり(ベビーカー問題とか、日本は息苦しいとか)、同時にミニマリストがちょっと流行ったりしたのは、ちょっと関係がありそうにおもいます。

 

 

たとえばですが、個人的なモヤっとポイントが高い紅白ネタだって、

 

紅白って、ターゲットがものすごく広い。子供からおじいちゃんまでみんなが観る恒例の番組なわけで。なので全員に受け入れられるようにするのはとってもむずかしい。という視点からみてれば、もっとおもしろい話に展開していくこともできるでしょう。

 

老いはとめられない。せめて、気をつけるようにしよう。

 

難しいのは、こういう考えって主張したからって伝播していくものじゃないってところにあるとおもいます。

 

あまりにもインパクトのない解決策ですが、寛容な脳みそ・心をできるだけ長く持ち続ける、これ、大事だと思います。

 

いつなんどき、チャンスが目の前にきても、もしくは困ったことになっても、どんなときでもひらかれた心でいるにこしたことはないでしょう。

 

ひらかれた心というのは一朝一夕で身につくものではなく、日々の積み重ねがかなり大事になってくるはず。

 

 

自分はこれをがんばったほうがいいなと思ったこと

 

帰省のモヤっとについての考察と、『LIFE SHIFT』を読んでの、暫定解、これ頑張ろうとおもったことです。

 

 

・体力

→心の容れ物である体。健全で明るい精神をできるだけ長く維持するために必須。

 

・謙虚な姿勢

→経験からくる傲慢さを最小限に。経験が価値になることもあるけど、スピードや新しいテクノロジーなど、若者から、学ぶことが増えてくる時代になるはず。

 

・お稽古や趣味

→継続のいいきっかけになると思う。人から指導されることが年がいくほど減ってくるから、貴重な経験もできるはず。職場・家族以外での人との関わりもあったほうがいい。

 

 

『LIFE SHIFT』には、有形資産(お金とか)だけでなく、無形資産(健康な体、健康な精神、家族や友人との良好な関係など)の大切さや影響が詳しく書かれています。おもしろく読めました。

 

<追記 2017.1.9>

ちきりんさんのエントリーでこんなのもありました。明快です!ほんとそうだなー!

d.hatena.ne.jp