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エイプリルのたわごと

本や映画が好きな派遣社員兼アルバイターが書いています。

読書感想『青い眼がほしい』〜見たくないものをみること〜

こんにちはー。

まとまった時間がとれるたとき、小説を読もう、という気になります。

 

ずっと気になっていたので読んでみました。

アメリカの黒人作家として初めてのノーベル文学賞を受賞した、トニ・モリスンのデビュー作です。著者のあとがき、もすばらしいです。彼女が試みたことが彼女の言葉で説明されています。

青い眼がほしい (ハヤカワepi文庫)

青い眼がほしい (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

 

 

アマゾンの商品紹介では、以下のように書かれています。

誰よりも青い眼にしてください、と黒人の少女ピコーラは祈った。そうしたら、みんなが私を愛してくれるかもしれないから。白い肌やブロンドの髪の毛、そして青い眼。美や人間の価値は白人の世界にのみ見出され、そこに属さない黒人には存在意義すら認められない。自らの価値に気づかず、無邪気にあこがれを抱くだけのピコーラに悲劇は起きた―白人が定めた価値観を痛烈に問いただす、ノーベル賞作家の鮮烈なデビュー作。 

                                

 

白人社会の生み出した価値観との摩擦、というより、マジョリティーによってつくられた、もうできあがってしまった社会的ヒエラルキーの下層社会のリアル、そんな印象をうけました。

 

 

簡単な感想でいうと、結構読んでてしんどかったです。人間の弱いところがたくさんかかれていて。それもとてもリアルなかんじでした。まざまざと見せつけられるかんじがした。自分だけの世界に留めておきたいと思うような、恥ずかしいこと、自分でもそれが本当です、と認めたくないこと。 誰にでもあるそういうところに執拗に焦点をあてられているような。

 

私がうけた印象はこんなかんじ。

 

自分のあたまで考えることを放棄した人たちがいた。本人だけが悪いわけではない。生まれてすぐに捨てられたり、醜く生まれつき家族からさえひとかけらの愛情ももらわなかった人。幸運な出会いや慰め、助けがなかった人。そんな人たちの愛や憎しみ、絶望にあきらめ、いろんな感情が錯綜する。社会の主流にうまくなじめない彼らは、内向きになる。混乱した感情が発散されることはない。静かな狂気に昇華され、弱いものへとむけられる。そして繰り返される。私たちの生きているこの世界の知らないどこかで。知ろうとしないところで。私たちはそれに目をつむることによって、なかったことにすることによって、知らないふりをすることによって。見たくないけれど信じたくないけれど、想像に難くない。なぜか。それは、真実のひとつだということをちゃんと知っているから。私たちも彼らも、それが本当だと認めたくない。彼らは自分の中の真実をねじまげることによって(人はそれを狂気とよぶ)、私たちは目を背けることによって、無防備な自分を守っている。

※ここでは、自分はこの本にでてくる人たちより、相当恵まれているなと思ったので、彼らと私たち、という線引きをしました。 

 

 

 

見たくないものをみる、というか現実を直視する、ということって大切だなーと思いました。悲観的に捉える・楽観的に捉える、その捉え方はその次のステップであって、いま自分のおかれている状況を、冷静に確認するってすごく大切。

 

世界の隅々でおこるたくさんのことに目を向けるのは、難しいけれど、イライラするとかワクワクするとか、そういった感情ぬきにした、冷静な視点をもっていたいと思いました。